第4章 生徒理解と授業運営
―海外事例との比較から見た日本の現状―


笹島 茂

I はじめに

 現職教員研修プログラムにおいて,「生徒理解」という項目は「教科指導」よりも「生徒指導」関連の内容で扱われることが多いようである。しかし,英語の授業を運営する上で学習者である生徒との関係(student relationships)は欠かせない。良好な人間関係がないかぎり教育は成り立たないことは自明であろう。この自明のことが実はたいへん重要であるが,教員研修では実践的に扱われてはいない。
 英語教員養成段階で指導される内容は,教育理論,学習者心理,英語知識,技能,指導法,教育史,教材,評価などである(JACET教育問題研究会 1998)。しかし,英語教員として教壇に立ち,実際に悩む点は,人間関係,つまり,生徒理解にかかわる授業運営,あるいは,学級運営である場合が多い。
 そこで本章では,「英語の授業運営(class management, classroom management)にかかわる生徒理解」の教員研修における位置付け,教員の資質との関連,教員研修での扱い,求められる生徒理解と実践的な授業運営に関する研修に関して,他国と比較しながらその現状の一端を報告したい。

II 教員の資質と授業運営

1.生徒理解の位置付け

 法律的には,「その職責を遂行するために,絶えず研究と修養に努めなければならない」(教育公務員特例法)が教員研修の根拠となっている。これにより,教員が研修をする権利と義務は定められているが,研修内容については具体的な記述はない。教員として「その職責を遂行するため」の知識と技能に関するすべてが研修対象となっている。教員は教科ばかりではなく,学校教育活動のすべてにわたり,絶えず「研究と修養に努めなければならない」ということになる。
 そうであっても,他の教科同様,英語教員にとっても英語授業運営はたいへん重要な仕事である。そのために必要な研修内容は,英語の知識(文学,文化,文法,語法,発音など),技能,コミュニケーション,学習指導方法,授業研究,カリキュラム作成,教材作成,教育機器の活用,テスト・評価方法,リサーチ方法などが主となる。当然,英語授業における学習者理解は,指導技術,授業研究などとの関連から重要になる。
 生徒理解を「英語授業」だけに限定して考えることはむずかしい。特に日本の学校文化ではその傾向が強い。周知の通り,日本の中学校,高等学校の教員の毎日の授業以外の仕事はたいへん多岐にわたる場合が多い。たとえば,登下校指導,掃除,部活動,学級生徒の出席や連絡,休み時間の生活指導,給食指導,部活動,会議,補習,カウンセリングなどがあげられる。これらすべてが「生徒理解」と直結しているのが日本の学校教育の特徴である。
 「生徒理解」に関しては次の2点を分けて考えることにする。
   英語授業運営における学習者理解
   学校教育活動における生徒理解
 日本の中学校,高等学校の教員は,多かれ少なかれ,生徒の人格的,社会的発達に寄与する教育にかかわることが本務である。このことは学校教育が当然目標とすることであるが,日本の事情は多少異なる。職務としても,社会的要求にしても,教員はいつの頃からか,全人的な教育にたずさわることが主とされる傾向が出てきた。つまり,「学校教育活動における生徒理解」がたいへん重要とされている。極端な例が,「荒れた学校」を背景とした生徒指導を中心とした,教科指導以前の教育の徹底である。その場合,教員の仕事の教科指導にかかわる割合は3分の1とも言われている。
 現職教員研修としての英語研修内容でも,この生徒理解の両面を考える必要がある。他教科とは異なる文化習慣的な問題が,英語授業運営に関係する可能性があるからである。

2.英語授業運営における学習者理解
 日本の事情を考える上で,一つの比較として,「イングランドにおける外国語教員のための指導ハンドブック」The Modern Language Teacher's Handbook (Smalley & Morris 1992)を取り上げる。イングランドでの外国語学習と日本での英語学習は比較的似た状況にあると考えるからである。そのハンドブックの中では,外国語授業に影響を与える要素として次の項目をあげている。
 クラスサイズ(class size),年齢(age group),能力(ability range),目標(aims),教師の趣向(teacher preferences),授業時間(time of lesson),授業の場所(location of lesson),クラスの雰囲気(mood of class),教師のエネルギー(teacher energy),明確な活動(specific activity),使用できる教材 (materials available)

 さらに,これに基づいて授業活動の基本として5種類の活動を提示している。
・ 口頭練習 (oral work) 
・ 読む (reading) 
・ 聞く (listening)
・ 書く(written work) 
・ 授業全体活動/グループ活動 (class work/group work)

 要するに,学習者中心という考え方に基づいて,活動を重視し,コミュニケーション能力育成の授業を基本としているわけである。授業運営上は日本の英語教育でも当然当てはまることである。
 特徴的な点は,このような授業を実施する前提として,「学ぶ際に必要な秩序・規律」(discipline)の重要性が強調されていることである。

  For the good teacher, discipline means quite simply the art of creating the best learning conditions possible in the circumstances. Without good learning conditions, no effective learning can take place, and every conscientious teacher gives thought as to how good conditions can be created and maintained. ( p. 54)

 この「学習条件」をどう築くかは,日頃の授業の積み重ねが大切であることは言うまでもないが,教員の個性あるいは資質がたいへん重要となる。
 1982年のヨーク大学の調査 (Modern Language Teachers in Action)によれば,教員が備える重要な資質として順に次の点をあげている。「規律」が1番目で,「生徒との関係」が5番目にきている点がたいへん興味深い。
 
1)
規律,強さ,管理 (disciple, firmness, control)
2) ユーモア(humor)
3) 忍耐(patience)
4) 励まし(enthusiasm)
5) 生徒との関係,(liking for, interest in, sympathy for pupils)
6) 一貫性,正しさ(consistency, fairness)
7) 問題に対する理解(understanding problems)
8) 計画(planning)
9) 自信(confidence)

 また,授業運営一般については,教員評価の観点から次のようなチェックリスト項目がある(Graham 1987)。

  The teacher:
・ makes clear the rules, consequences and procedures on the first day and
 adheres to those rules consistently throughout the year;
・ provides for a sustained rate of success by using a range of learning activities
 which are appropriate to each pupil's ability;
・ keeps pupils on appropriate activities and promotes necessary content coverage;
・ works to improve individual learning deficiencies with specific transferable skills;
・ provides a role model for pupils by a businesslike approach to teaching;
・ uses direct teaching with the whole class or small groups when teaching basic skill mastery;
・ creates a supportive learning atmosphere by showing concern and respect for each pupil.

 一貫した規律を守り,成就感を与え,適切な活動を行ない,個々の生徒に対応し,模範を示し,必要に応じた直接指導,学習者を支える雰囲気をつくり出すという点が教員評価のポイントとしている。このように授業運営については,教員の資質や教員評価の観点からも,規律が重視されている点にやはり特徴がある。
 しかし,この「学ぶ際に必要な秩序・規律」に関して次のような説明もある。
  Discipline is not something we can teach. It cannot really be caught. It usually comes with experience which means in fact that the teacher has become sensitive to atmosphere, pupil involvement and has acquired a sense of timing such as that developed by an actor. (Smalley & Morris, 1992)

 「学ぶ際に必要な秩序・規律」は経験によって培われる部分があるとしている点は,ある程度納得できる。言い換えれば,現職教員研修で特に重点を置かれるべき部分であるかもしれない。
 英語授業運営における学習者理解だけに限って考えると,ここで紹介したことは日本にもほぼあてはまる内容である。しかし,見逃してはいけない点は,国によって,学校全体の役割,学校のシステムなどが異なるということである。イングランドでも体罰は法律的に禁止されているが懲戒や罰則は厳しい。また,イングランドでは授業を通じた人間関係が主であり,生徒指導や進路指導などに関しては,別のそれを専門とした教員がいる。多くの場合,教員の職務は日本とは異なり,教科の授業を中心した指導にある。
 
3. 学校教育活動における生徒理解と学級運営
 学級(ホームルーム)を中心とした学校活動が日本の多くの中学校・高等学校の基本である。「学級王国」などという言葉があるように,日本の多くの学校では教員の主たる職務は学級を基本とした教育活動である。学級から学年集団が形成され,学年集団を核として学校活動(教務,進路,生徒指導,保健,PTA,部活動,委員会活動など)が展開されている。学習指導は学校の根幹であるが,教科指導は英語に限らずその周辺にある指導とされる学校も少なからず存在する。
 日本の教員の職務の問題点の一つはその職務の多さにある。この点に関しては,パーメンター・冨田(2000)の各国教員調査が明らかにしている。日本に限らず,この多忙感はある意味で教員という職務の特徴であるが,特に,日本では「知育,徳育,体育」の3つをすべて学校が背負うという体制が築かれてきた。管理教育などと批判されたように,生活態度,考え方,しつけ,学校行事,修学旅行,部活動などのさまざまな学校教育活動が教員に課せられた。
 このような学校文化を背景として,生徒理解は,教科指導を中心として行なわれるよりも,学級,学年,委員会活動,学校行事,部活動などを総合した,複雑な多くの要素を取り込んでなされることになった。その結果,学級担任としての教員が学級生徒の理解と学級運営に相当のエネルギーを注いでいるのである。

4. 教員に求められること
 金谷他(1995)は,英語教員に限らず現職教員一般が最も高めたい資質として,「授業技術」と「子供理解」とする調査報告(神山1982)を,また,親と教員の考えは,「子供の気持ちがよくわかる教師」を理想とする点で一致しているという調査報告(寺本 1986)を紹介している。また,岡東(1991)は,「教師」の重要な仕事として,「教師が児童・生徒との人格的接触を通じて,知識・技術を伝達するとともに,児童・生徒の全人格を陶冶しているのである」と述べている。
 たしかに,教員の資質と授業運営を考える場合,単に英語指導だけを考えるだけでは解決できないさまざまなニーズが,日本の学校英語授業を取り囲む状況に存在することが分かる。中学校や高等学校の教員採用試験ではたいへん厳しい選抜が行なわれている。その点を考慮すれば,英語教員は比較的優秀な人が採用されているはずである。にもかかわらず,英語ができない教員が多いとの批判がある。実際,英語教員の英語力に関する正確な調査は行なわれていないので,はっきりとしたことはわからない。
 教員の英語能力とは別に問題があると考えることもできる。それは求められる教員の資質の問題と関連する。教員の仕事が「児童・生徒の全人格を陶冶」にあるならばそのための生徒理解が大切であり,英語による「実践的なコミュニケーション能力」は主たる目的とはならないこともありえる。また,目的が進路実現であれば,試験に必要な英語力向上を目標としてもかまわないわけである。要するに,生徒一人ひとりのことを考えて,授業運営なり学級運営なりをすることが「よい教師」と考えられる基盤であれば,先に示した授業中心の効率的な生徒理解だけを考えることは誤解を招く可能性がある。

�V 生徒理解と授業運営にかかわる教員研修の扱い

  「生徒理解と授業運営」にかかわる英語という教科教員研修での扱いは,主に,教員養成の段階か初任者研修などの段階に位置づけられている。あるいは,校内研修などで実施される内容で,実際の学校現場に密着したものである傾向が強い。また,「生徒理解と授業運営」は,理想論や「かくあるべき」論である場合が多く,個人の持っている素養や経験によって培われるという要素が強い。この発展型が「名物教師」,「授業の達人」,「モデル教員」などという考え方になっている。この傾向は,日本ばかりではなく,ある程度各国共通した考えであろう。
 いったん教員としてスタートすれば,その後は自己研鑽を積んでいくわけであるが,ともすると独りよがりの指導方法に偏り,ときに,「問題教員」などと批判される場合もある。その場合,現職教員研修のあり方に問題があると考えられる。

1.授業運営の評価

 実際に授業の上手な先生が評価される体制は,イギリス,アメリカ,カナダ,ニュージーランド,オーストラリア,シンガポール,タイなどの多くの国で存在する。それは昇進や給料に当然結びつく。日本でも,授業の上手な教員は,研究授業や研究会などで評価され,指導主事や教育研究所,大学教員養成機関などへと進むケースが多い。しかし,日本の学校システムを考えた場合,中学校,高等学校の場で授業を熱心に行ない,研究をしている教員が,明確にシステムとして,昇進や給料などで評価されることはない。
 初任者研修,5年次研修,10年次研修などが体系的に実施されているが,予算の縮小とともに,教科にかかわる内容は年々少なくなっている傾向がある。実施されている教科にかかわる行政研修の内容に関しては,実態は正確に把握されていないが,コミュニケーション研修や,モデル授業や授業参観など指導法に関するものがほとんどであり,生徒理解や授業運営に関してはあまり行なわれていないようである。
 このことは日本に限ったことではなく他国でも同様の傾向にある。教員評価を実施している国では,授業観察は教員評価には取り入れられる傾向にある。観察ポイントはもちろん「授業で何をしているか(performance)」である。この授業観察の基盤が「授業運営」であり「生徒との関係」である。

2.授業運営に必要な要素
 イングランドの外国語教員ハンドブックでは,授業運営には,(a)成就感,(b)効果的な活動,(c)効果的な機器の活用,(d)多様な活動,(e)状況に応じた目標設定,(f)生徒の誤りに寛容,(g)バランス感覚とユーモアが大切であるとしている(Smalley & Morris, 1992)。具体的には,生徒の名前をおぼえ,生徒には笑顔で接し,ほめ,達成できる基準を設定し,価値基準を明確にし,個々に話すときは小さい声で,健康に気づかい,クラスを掌握し,断固とした態度で,公正で,親しみやすく,授業運営に熱心である必要があるとしている。避けることとしては,関心がない態度,やる気のなさ,誤りを犯す,皮肉,時間の浪費,自信のなさ,学校などへの不満,宿題をチェックしないなどをあげている。多少日本の事情と異なる点もあるが,すべて「かくあるべき」となっているのは日本でも同じであろう。

3.授業運営における生徒との契約
 授業運営に授業ルール設定という考え方がある。この「契約(contracting)」に関しては,学校あるいは教室という場が近代大きく変わった。学校という場は本来教師中心であり,必然的に教師は絶対的な権力を持っていた。現在でもその体制はある面で生きているが,日本の中学校,高等学校では,社会の変化とともにここ数十年で変わってきている。言い換えれば,学校あるいは授業での「契約」が価値観の変化とともに多少崩れてきたと考えられる。
 教員が効果的な授業運営を行なう際に必要な技量は次のように分類されている(Jones & Jones 1995)。

(a) 問題解決(problem solving)
(b) 社会性の訓練(social skill training)
(c) 自己評価と自己教育(self-monitoring and self-instruction)
(d) 契約(contracting)
  (d)の「契約」は日本的土壌には馴染まない面がある。これはすでに述べた授業での規律と同じ要素である。ルールはそれを守るという前提で成り立つものであるが,ルールを守らない場合に関する規定があいまいであれば,あまり意味がない。この生徒と教員の間でなされる授業での「契約」という考え方がアメリカなどではたいへん強いのである。

4.新任教員の研修
 教科の知識や指導技術,生徒理解,授業運営はともに新任教員がまず悩むことであり,研修を必要とする分野である(Boyer 1984; Squires, Huitt & Segars 1983)。授業をする上では,授業の秩序を作り学習を促進させることが教員の役割である(Doyle 1986)。新任教員にとって,授業での規律はもっともたいへんであり切実な問題である。特に英語教員の場合は,活動や訓練をともなう授業がよいとされ,生徒を活動させる技術が要求される。ただ英語に堪能であるだけではうまくいかない。
 日本の教育は「丸暗記(rote learning)」と批判されることが多い。実際にこの傾向は当たらずとも遠からずで,現在の受験体制からするとそう思われてもしかたがない。英語を使ってコミュニケーション活動を生徒にさせることは,新任教員には相当のストレスがかかることである。まして,授業中に扱いのむずかしい生徒がいたり,授業を妨害するような生徒がいたりすれば,新任教員でなくてもたいへんストレスを感じるのである(Blase 1986)。
 イングランドの場合,新任教員研修(Initial Teacher Training)を経て新任教員(Newly Qualified Teacher)となる。その際,教員養成段階でメンター(mentor)制度を導入し,授業運営や生徒理解などにかなり実践的な学校現場 (school-based)での実習を取り入れている。日本でも初任者研修では指導教員がついて同様の体制をとっている。しかし,これを単純に比較することは誤解を招く。イングランドの学校教育はある面で日本と似ており,全人格的な指導を基本にしていると言われるが,仕事の質と量が異なることと教員養成のシステムの違いを忘れてはいけない。

5.現職教員の研修
 合衆国で教員が辞める理由の多くは生徒との関係や生徒の行動にあるという報告がある(Basic Skills in the US Workforce, 1983)。また,教員に求められる資質としては知識よりも行動力が求められている(Workplace Basics: The Skills Employers Want, 1988)という報告がある。
(a) 協力性(group effectiveness)
(b) コミュニケーション能力(listening and oral communication)
(c) 自己管理,目的意識(personal management)
(d) リーダーシップ(organizational effectiveness and leadership)
 合衆国等の現職教員研修は資格制であり,研修を積み重ねることで自己の地位や職種の向上にも繋がる。しかし,見かけでは,現職研修の制度が整備され研修の機会も保証されているが,生徒理解や授業運営に関する研修が充実しているかというと決してそうではない。世界的にみても,研修内容が知識獲得と指導理論や技術に偏るのは,教員の資質向上の一般的な傾向である。研修を受けることで資格を得て,よい仕事に就くというシステムである。しかし,日本ではこのような教員の職階制度には批判も根強くある。
 現職研修プログラムでは,授業運営に悩んだり,生徒との関係や生徒理解でのトラブルがある場合にどうするかという点は,意外に見過ごされる傾向がある。教員評価の実施と資格による資質向上とテストによる査定は,確かに,教員の知識は高めるかもしれないが,「生徒理解」や「生徒との関係」にかかわる資質向上を目的とする研修や評価方法は,あまり研究されていないし実施もされていない。
 
6
.資質向上につながる研修システムと授業運営
 日本では,教員となった時点で一人前の「教師」とみなされる傾向があった。つまり,その後の教員としての資質向上や,教員は英語を教える以前の全人格的教育の指導(精神面,社会面,健康面,生活面,進路面など)はもちろんのこと,教科にかかわる指導力向上に向けて努力することは当然と考えられてきた。これは教員としての仕事の質であるから仕方がないことだが,ともすると,教育活動の主は,学習指導ではなく生活指導や進路指導や部活動などに傾く教員も多くなっている。
 そのような環境では何を持って教員の資質が向上するのかという大きな問題が生じる。授業運営に一つとっても,整然とした授業,テストの点数がよい授業,豊かな知識を与える授業など,さまざまな授業評価の観点があり,どのような授業を目標に自分の資質を向上するのかが明確ではない。また,生徒理解に関しても,英語の授業を通した生徒理解では終わらない状況がある。授業以外のすべての時間,休み時間,昼休み,放課後,掃除時間,部活動,家庭など,過剰なほどの生徒理解が求められる傾向がある。
 イングランドやアメリカなどの研修システムは,あくまでも授業にかかわる研修内容と教員個人の職能としての研修が中心である。その点では,教員の大学院での学習の機会を緩和したりする制度の導入は,各国の教員研修システムにならったものであり評価されるべきだろう。しかし,日本の学校教育文化や制度を考えた場合,それが教員の資質向上やニーズに適っているかどうかは検証してみる価値があろう。

�W 求められる生徒理解と実践的な授業運営に関する研修
 どのように教員の資質向上を図るかという問題は多くの国で共通であるが,国によって内容は大きく異なる。多くの国では,教科研修の主要な分野は教科の知識と指導技術である。その資質が研修と密接に結びつき,研修への参加,学位取得などが,そのまま昇級やキャリアにむすびついている。しかし,生徒理解や授業運営に関しては,その重要性は理解しているが,実際には,教員養成段階で考慮される程度であり,現職教員研修での資質向上とはあまり関係なく扱われてきた。
 日本では,システム上,教科に関する資質向上は昇級や昇進には直接つながらない。また,大学院や海外研修などの自己啓発的研修を行ないたくても,部活動などの指導のために休日も長期休業も返上して,教科に関する自己啓発もなかなかできない教員も多い。教育職としての資質向上や,教科指導における指導法の研修や,ディスカッションやディベートなどの研修は,ある面で,「明日の授業」を求める英語教員のニーズを満たしているかどうかは疑わしい。
 忙しい仕事の中で,教員にとって必要な研修内容は,目の前の生徒をどう理解し,どのように毎日の授業を効果的に進めて行くかであろう。それが多くの教員の最重点課題なのである。そのように考えると,単なる行政研修はかえってお荷物と考える教員も出てくるだろう。研修に参加するために,授業を自習にしたり振り替えたりすることは,逆に,生徒との学習活動に支障をきたすと考える教員もいるだろう。
 授業は授業を通して実践の中で工夫していく必要がある。対象となる生徒が変わり,場面が変われば,授業も変わってしまう。この点に強く関連する授業運営とそれにともなった生徒理解は,だからこそ,現職教員研修では無視してはいけない分野なのである。多様なカリキュラム,多様な学力レベル,多様な生徒の興味関心などを背景に,もはや,画一的な指導内容,指導方法,教材,評価ではうまく対応できなくなっている可能性がある。
    No longer can one consider a course in 'assertive discipline' or a text describing the leading models as an effective approach to providing teachers with skills in classroom management. (Jones 1996)

�X まとめ
 生徒理解は大切である。それなくしては効果的な授業運営はなりたたない。しかし,この授業運営と学校文化にかかわる分野は実際ほとんど研究されていない(Duke 1990; Jones 1996)。日本においても,英語教育という観点からはほとんど扱われることはなく,英語科教育,英語教師論などでもあまり深く触れてはいない(金谷他 1995)。そのような現状から,まず,英語教員がどう考えているかを正確に調査する必要がある。その上でどう改善するかを考え,その方策を講じる必要があるだろう。
 授業運営にはたくさんの要素がからむ。生徒理解,人間関係,クラスサイズ,性別,学力,意欲,体調,環境,指導内容,方法,教材,評価など,すべてが混然として互いに干渉しあって,一つの授業が成立する。たいへん複雑であるが,実は,教員が最も考えなければならない分野なのである。最後に,この分野において今後調査すべき具体的問題例をいくつかあげておく。
・ 英語授業で実践的コミュニケーション能力を指導できないとすれば,その理由は何か。
・ 英語授業で訳読や文法ドリルを指導しているとすれば,その理由は何か。
・ 英語教員が英語を使って授業をしないとすれば,その理由は何か。
・ 現在の学校での英語指導はよくないとすれば,その理由は何か。
・ 英語授業運営上の悩みがあるとすれば,それは何か。また,その理由は何か。
・ 英語授業を通じて英語だけを使って生徒理解が図れるか。もし図れないとすれば,その理由は何か。
・ 英語教員の指導法・授業運営に対して影響を与えたものは何か。
・ 英語教員が生徒の実態を把握するために行なっていることは何か。
・ 英語授業をしていて一番ストレスを感じることは何か。

引用・参考文献
Beck, J. & Earl, M.(eds.) (2000). Key Issues in Secondary Education. Cassell
Dean. J. (1996). Beginning Teaching in the Secondary School. Open University Press.
岩城信一(編)(1991)『教職研修総合特集 No.10 新教育研修読本』 教育開 発研究所
JACET教育問題研究会(編)(1998) 『英語科教育の基礎と実践』 三修社
Jones, V. (1996). 'Classroom Management.' In Sikula, J. (ed.)
 Handbook ofResearch on Teacher Education. 503-521. Macmillan.
金谷憲.(編).(1995). 『英語教育研究 リサーチ・デザイン・シリーズ2  英語教師論--英語教師の能力・役割を科学する』. 河源社.
リン・パーメンター,冨田祐一 (2000) 「英語教師のteacher role」 『英語教育』 Vol.49. No.10. 42-43. 大修館書店
Morris, P. & Williamson, J. (eds.) (2000). Teacher Education in the Asia-Pacific Region. Falmer Press.
日本学術協力財団 (1996) 『21世紀をめざす教師教育』 大蔵省印刷局
Pachler, N. & Field, K. (1997). Learning to Teach Modern Foreign Languages in the Secondary School. Routledge.
Robert,D.R. (1997). 501 tips for teachers: kid-tested ideas, strategies, and inspirations. Contemporary Books.
Roberts, J. (1998). Language Teacher Education. Arnold.
Smalley, A. & Morris, D. (1992). The Modern Language Teacher's Handbook. Stanley Thornes.

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